21歳から始めた職人人生
設備工事の世界に入ったのは、21歳のときでした。会社員として5年間現場で修業を重ね、26歳で独立。最初は個人事業主として、一般住宅も含めてさまざまな工事を手がけていました。
史上最大の危機と「このまま終わるのは悔しい」
独立してしばらくした頃、大きな試練がありました。手形で取引していた建築会社が倒産し、受け取っていた手形がすべて不渡りに。材料屋さんへの支払いのために全額買い戻しをして、文字通り一文無しになりました。「もうやめようか」と思った時期もあります。それでも「このまま終わるのは悔しい」という気持ちが上回り、ゼロから立て直すことを決めました。あの経験から、手形による取引は一切やめました。
弟と仲間と、持ちつ持たれつで
今も傍らにいるのは、弟(従業員)と、20年来のお付き合いがある職人・協力業者の仲間たちです。自分からガンガン飛び込んでいくスタイルではありませんが、仲間が困れば助けに行き、忙しいときは力を貸してもらう——「持ちつ持たれつ」の横のつながりで、ここまでやってこられたと思っています。
インフラへの誇り、これからの姿勢
水は、人間の生命線です。電気やガスは工夫次第でなんとかなることもありますが、水が出ないのは自分ではどうにもならない。震災の後、漏水を直しに行くと「来てくれてありがとう」と言っていただけることがあります。その言葉をもらうたびに、この仕事をやっていてよかったと感じます。
これからも、会社を大きくしたいとは思っていません。少人数でも、みんなで「やり遂げたな」と誇れる仕事を積み重ねていきたい。それが、私の目指す姿です。
「目の前のことに必死にやってきた。評価するのは自分じゃなく、
お客さんと取引先だ——昔の社長にそう言われて、今も心の中心に持ち続けています。」
「水がなければどうにもならない。そういうインフラに携われていることが、誇りです。」
──代表 鈴木 大介